
「あの身近な会社は、実はもう『印刷会社』ではなくなりつつある——?」 印刷業界大手の一角、共同印刷の最新の有価証券報告書を、中小企業診断士がプロの目線で徹底分析しました。粗利率の推移から、減り続ける有形固定資産、そして「70年契約」という異例の長期前受金まで。決算書の数字ひとつひとつをたどっていくと、経営陣が下してきた大きな決断の輪郭が見えてきます。自社の売上の柱を見直したい経営者・管理職の方にこそ読んでほしい、「決算書×ビジネスモデル」分析シリーズの記念すべき第1回です。
この記事でわかること
- 決算書のどこを見れば会社の「本当の姿」が見えてくるのか、実践的な読み方の視点
- 共同印刷が印刷事業から事業ポートフォリオを転換しつつある財務的な根拠
- 粗利率・有形固定資産・長期前受金など、注目すべき勘定科目の読み解き方
- 部門別(セグメント)情報から会社の「本当の稼ぎ頭」を見抜くコツ
- 中小企業の経営者が、自社の決算書分析に応用できる視点
目次開く閉じる
みなさんこんにちは!中小企業診断士の春原です!
今回は、「決算書×ビジネスモデルシリーズ」の記念すべき第1回です!
本シリーズの目的や切り口は、前回の記事に載せていますので、ぜひこちらも見てみてください。
今回題材にするのは、知らない人はほぼいない、印刷業界大手の「株式会社共同印刷(以下、共同印刷)」です。
共同印刷はどんな会社?事業の概要を解説
では、まずは共同印刷がどんなビジネスを展開しているかを簡単に解説していきます。
共同印刷は、「企画・制作から製版、印刷、製本、そして発送や在庫管理までを担う一貫生産体制」を構築している企業です。
また、現在では①情報コミュニケーション部門、②情報セキュリティ部門、③生活・産業資材部門の3事業が柱にはっています。
- 情報コミュニケーション部門:「情報を加工する事業」として、これまでの週刊誌や単行本などの印刷に加えて、企画や制作、デジタルコミュニケーションサービスなどを展開しています。
- 情報セキュリティ部門:「情報を安全・正確に加工、管理する事業」です。ビジネスフォーム、データプリント、BPOなどが含まれます。
- 生活・産業資材部門:「印刷技術を使って、包装・産業をつくる事業」です。特に直近では歯磨き粉などに使われるラミネートチューブも作っています。
既存の印刷事業はありつつも、情報セキュリティ部門や生活・産業資材部門といった印刷とは離れた領域の事業を行っていることがわかります。
決算書をみてよう!
それでは、共同印刷の決算書を見てみましょう。2026年3月期の決算書(有価証券報告書)です。
有価証券報告書(第146期)(貸借対照表、損益計算書はP69~P73)
皆さんはこの決算書をみて、何を思ったでしょうか?
①粗利率の確認
まずは、粗利率を算出します。というのも、飲食業や製造業、建設業などの原価が発生するようなビジネスでは、「粗利率がどれだけ高いか」が重要になります。これだけで、「製造効率の良し悪し」「材料金額の適正度」「値上げの必要性」などがわかってくるからです。そのため、これら業種の企業では、粗利率をひとつの目標として掲げておくことも重要です。
共同印刷の場合は、
- 2025年3月期:20.14%
- 2026年3月期:21.28%
となっています。かなりアバウトですが、製造業の平均的な粗利率が約25%なので、昨今の資材高騰を踏まえると「標準~少し低い程度」だと考えられます。
②金額のデコボコを確認する
貸借対照表や損益計算書の中で、特に数値が高いものをピックアップしていきます。これにより、会社の状況やどんなところに力を入れているかを推測していきます。
発送費・給料および手当
まず気になったのは、損益計算書の販管費である発送費とと給料および手当です。やはり製造業である以上、労働集約型に近いビジネスであり、人への投資は避けられないですね。また、発送費についても、一貫生産体制を維持するには必須の機能になっていると考えられます。また、2026問題もなどによる物流費高騰の影響も大きいように思います。
有形固定資産(建物・設備)
次は、有形固定資産です。約350億の建物や設備は、さすがは製造業、かなり巨額ですね。まだまだ「印刷業」としての軸はブレていないのか?と思いますが、建物や設備の金額が減っているのが気になります。毎年資産の金額を会計的に減らす「減価償却」により、設備や建物の金額は減っていくのですが、製造業であれば設備投資を行うのが通常です。そのため、建物や設備にそこまで力を入れて投資していないのか?という疑問が生まれます。
長期前受金
長期前受金とは、1年を超える期間にわたってサービスが提供されるときに、サービスの提供完了前に現預金を受け取った際に使う科目です。中小企業の決算書ではあまり見かけない勘定科目ですが、共同印刷の場合16億とかなり大きく、違和感があったのでピックアップしました。
要は現金の前借なので、「資金繰りに難あったか?」というのが最初に思い浮かぶのですが、どうやら、土地の有効活用ということで、共同印刷がデベロッパーに定期借家で土地を貸します。貸付期間はなんと70年。その70年分の賃料を事前に受け取ったようです。
ここでひとつ、土地の有効活用であれば聞こえはいいですが、有形固定資産のところでも解説した通り、本来であれば土地に印刷設備を入れそうなものです。しかし、不動産収入の形にしているのを見ると、有形固定資産と合わせて「印刷業」自体は撤退ないし現状維持の兆しがあるのか?といった推測ができます。
③部門別で分析
ではここで、部門別の売上高の推移をみていきましょう。以下は、有価証券報告書(第146期)の23ページ目の抜粋です。単位:百万円
部門 | 売上高 | 営業利益 |
|---|---|---|
情報コミュニケーション部門 | 32,344 | △222 |
情報セキュリティ部門 | 30,478 | 1,128 |
生活・産業資材部門 | 33,170 | 1,521 |
売上自体は、3部門で3割ずつ程度でほぼ均等になっていますが、印刷事業が入っている情報コミュニケーション部門は赤字となっており、他2部門で利益を生んでいます。
情報コミュニケーション部門の中でも、オリジナルコンテンツや伸長したものの、紙の印刷を伴うものは減少しており、いわゆる印刷事業は完全に足を引っ張っている状態です。
逆に、セキュリティ分野や生活・産業資材分野は好調で、特に生活・産業資材分野は安全や環境配慮を志向する世の流れもあって、売上を伸ばしています。
生活・産業資材部門は印刷業からかなりかけ離れているように思えますが、共同印刷が培った「特殊印刷」や「ラミネート加工」の技術力を応用しています。さらに、顧客も大手食品メーカーや日用品メーカーといった印刷業で獲得した顧客なので、この横展開が成功していると考えられます。
ビジネスモデルの現在と将来
現在のビジネス
ビジネスモデルは、「企業から情報や資材に関わる業務を受託し、印刷・情報処理・加工・包装までを提供するBtoB型のビジネス」と考えました。もっとわかりやすくまとめると、「情報とモノを、安全に届ける会社」ともいえるでしょうか。
財務諸表からは「印刷そのものからの撤退傾向」「他事業への転換」といった内容が如実にわかります。しかし、メインとなりうる2つの事業はこれまでの「印刷技術」からきているのは間違いありません。これまでの技術や顧客、ノウハウといった経営資源をフルに活用して、新たな領域へ挑戦しています。
将来のすがた
市場の動向を踏まえると、「印刷」という領域は完全撤退もしくはOEMとなり、印刷設備は持たない形になると考えれれます。ただし、有形固定資産への投資はある程度続くのではないでしょうか。というのも、生活・産業資材の製造は技術力というノウハウによる差別化が大きく、OEMはノウハウの流出の懸念もあるためです。
さらに、情報セキュリティの部門は今後数年でかなり伸長すると考えられます。AIの登場により、情報セキュリティ要請はこれまでにないほど強いためです。
ただし、これは他の大手も同様です。共同印刷と同じようなノウハウを持っているわけですから、横展開の方法も似通っています。このような中で、共同印刷だからできること———これを打ち出すことができれば、さらなる成長が期待できるのではないでしょうか。
中小企業経営者が学べること
大企業の決算書分析は、自社には関係のない話に思えるかもしれません。しかし、共同印刷の事例から中小企業経営者が学べることは、実は少なくありません。
- 本業の技術・顧客基盤を、隣接領域に横展開する発想:共同印刷は「特殊印刷技術」と「印刷業で得た顧客」を活かして、生活・産業資材事業を育てました。自社の強み(技術・設備・顧客リスト)を棚卸しし、「他にどこで活かせるか」を考えることは、規模を問わず有効な戦略です。
- 粗利率という「ものさし」を持つこと:自社の粗利率が業界平均と比べて高いのか低いのか、経営者自身が把握しているかどうかで、値上げ交渉や仕入れ見直しのスピードは大きく変わります。
- 「撤退」も経営判断であるという視点:不採算事業からの撤退や縮小は後ろ向きに見えがちですが、経営資源を成長分野へ再配分するための、前向きな意思決定でもあります。 自社の決算書を見て、「うちの粗利率は同業と比べてどうなのか」「本業の技術は他に活かせないか」——こうした問いを持つきっかけとして、今回の分析をぜひ役立てていただければと思います。
よくある質問
決算書を読むとき、最初にどこを見ればいいですか?
A. まずは損益計算書の「売上高」「粗利率(売上総利益÷売上高)」から見るのがおすすめです。粗利率は業種ごとの標準値と比較しやすく、会社の収益構造をつかむ最初の手がかりになります。そのうえで、貸借対照表の中で金額が大きい・年々変動している項目をチェックしていくと、経営の実態が見えてきます。
上場企業の有価証券報告書はどこで見られますか?
「調べたい状況企業の名前 IR」といった検索でみることができます。有価証券報告書以外にも決算短信なども見てみると面白いです。
粗利率はどのくらいが目安になりますか?
業種によって大きく異なります。製造業は平均25%前後、卸売業は低め、サービス業は高めになる傾向があります。大切なのは絶対値そのものより、「同業他社と比べてどうか」「前年からどう変化しているか」という相対的な比較です。
中小企業の決算書分析にも、今回のような視点は使えますか?
はい、十分に使えます。粗利率の確認、金額の大きい勘定科目のチェック、事業(商品・サービス)別の採算把握という3つの視点は、企業規模を問わず共通して有効です。特に事業別の採算管理は、部門やサービスラインが複数ある中小企業ほど盲点になりやすいポイントです。
セグメント情報(部門別の数字)は、どこを見ればわかりますか?
上場企業の場合、有価証券報告書の「セグメント情報」という項目に、事業部門ごとの売上高・利益が開示されています。自社に置き換える場合は、部門別・商品別の売上と原価を分けて管理する「部門別損益管理」の仕組みを整えることが第一歩になります。
まとめ
共同印刷の決算書からは、「印刷会社」という看板の裏で、着実に事業ポートフォリオの転換が進んでいる様子が読み取れました。粗利率、有形固定資産、長期前受金、セグメント情報——ひとつひとつの数字を丁寧に追っていくことで、経営陣がどのような判断を積み重ねてきたのかが立体的に見えてきます。
この「決算書×ビジネスモデル」シリーズでは、今後もさまざまな業種の企業を題材に、決算書の実践的な読み方を解説していきます。
自社の決算書を「なんとなく」眺めるだけで終わらせず、こうした視点を使いこなせるようになりたいという方は、ぜひ春原中小企業診断士事務所までお気軽にお問い合わせください。皆さまの会社の数字を一緒に読み解き、次の一手を考えるお手伝いをいたします。