
中小企業診断士をやっていると、給与の相談を受ける中で「これ、最低賃金を割っていませんか?」という事態に出くわすことが少なくありません。多くの場合、経営者に悪気はなく、「賃金」という言葉の中身を正確に理解していないために、知らないうちに最低賃金法に違反してしまっているのです。本記事では、そうした給与計算のミスをなくすために、「賃金」の基本構造と最低賃金の判定ルールを前編・後編の2回に分けて解説します。前編では、賃金の全体像と、最低賃金の判定に関わる「所定内給与」の考え方、そして固定残業代を巡る誤解について取り上げます。
この記事でわかること
- 「賃金」を構成する所定内給与・所定外給与の違い
- 最低賃金の判定は「所定内給与」で行うという大原則
- 最低賃金の判定から除外される3つの手当(精皆勤手当・通勤手当・家族手当)
- 理屈上は基本給0円でも最低賃金をクリアできてしまう仕組み
- 固定残業代を最低賃金の判定に含めてはいけない理由
- 最低賃金割れが助成金の不支給につながるリスク
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はじめに:なぜ「知らないうちに」最低賃金を割ってしまうのか
中小企業診断士をやっていると、給与の相談を頂くことがあるのですが、
「あれ?これ最低賃金割ってない?」
という事態が結構あります。
ただし、決して悪気があるわけではありません。
多くが、「賃金」という言葉の中身を正確に理解していないために、知らないうちに法律に違反してしまっているケースがほとんどです。特に、基本給に固定残業代や各種手当を上乗せした「総支給額」だけを見て最低賃金を満たしていると判断してしまうケースが目立ちます。
今回は、そんな給与計算のミスをなくすために、「賃金」の基本構造について、前編・後編の2回に分けて解説していきます。前編では、賃金の全体像と、最低賃金の判定に関わる「所定内給与」の考え方を中心にお話しします。
賃金とは何か
まず、「賃金」と一言で言っても、その中には様々な要素が含まれています。
大きく分けると、賃金は「定期給与」と「臨時の給与(賞与など)」にわかれており、定期給与はさらに「所定内給与」と「所定外給与」に分類されます。
- 所定内給与:あらかじめ定められた所定労働時間分の労働に対して支払われる賃金(基本給、諸手当など)
- 所定外給与:所定労働時間を超えて働いた分に対して支払われる賃金(残業代、深夜手当、休日手当など)
この「所定内」か「所定外」かという区分が、これから説明する最低賃金の判定において、非常に重要な意味を持ってきます。中小企業の給与体系では、基本給と諸手当、残業代がまとめて「月給〇〇円」と表示されがちなため、この区分を意識せずに給与を設計してしまっているケースが多く見られます。
最低賃金の計算は「所定内給与」が基準
最低賃金は、原則として「所定内給与」を基準に判定されます。
つまり、所定内給与が最低賃金を下回ってはいけないというのが大原則です。

所定外給与(残業代など)は、あくまで所定労働時間を超えた分の対価であり、最低賃金の判定対象には含まれません。
諸手当から除外する手当
所定内給与の中でも、最低賃金の判定から除外される手当があります。それが次の3つです。
- 精皆勤手当
- 通勤手当
- 家族手当
これらは所定内給与に含まれる手当ではあるものの、最低賃金を計算する際には除外して考える必要があります。厚生労働省が示す最低賃金法の規定でも、この3つの手当は算入しないことが明記されています。
基本給0円!?意外と奥が深い「諸手当」の扱い
所定内給与は、基本給だけで構成されているわけではありません。精皆勤手当・通勤手当・家族手当以外の手当、例えば「役職手当、資格手当、皆勤手当など」も所定内給与に含まれます。つまり、これら諸手当も最低賃金の判定に使います。
つまり理屈のうえでは、基本給が0円であっても、諸手当だけで最低賃金以上の金額を確保できていれば、最低賃金法上は問題ないということになります。
基本給を最低賃金にし、諸手当で賄うという方法
実務上の運用としては、基本給を最低賃金にし、それ以上の金額を役職手当として追加する方法があります。
基本給は、基本的に下げることができません。なぜなら、能力が低いということで給与を減額するためには、それなりの客観的証拠が必要だからです。
しかし、役職手当であれば、「その役職に見合わない」と判断して役職を外すことにより、最低賃金である基本給まで給与を引き下げることができます。
もちろん、就業規則や雇用契約といった縛りがあるため、全く問題がないかといわれればある程度はリスクがありますが、基本給を下げるよりも圧倒的にハードルは低いといえます。中小企業の経営者にとっては、賞与や昇給の原資を柔軟に確保しやすくなるという点でも、基本給と諸手当の設計は慎重に検討する価値があります。
固定残業代は「所定内」ではなく「所定外」
さて、ここが多くの経営者の方が勘違いするポイントです。
固定残業代(みなし残業代)は、その名の通り「残業」に対する対価であり、所定労働時間を超えて働いた分の賃金、つまり所定外給与に分類されます。所定内給与ではありません。
したがって、固定残業代は最低賃金の判定に含めてはいけません。
実際によくあるのは、基本給に固定残業代を上乗せした金額を「最低賃金の基準額」と勘違いし、その合計額が最低賃金ギリギリになるよう給与体系を組んでいる会社を見かけます。しかし、固定残業代を除いた「純粋な所定内給与」だけで見たときに最低賃金を下回っていれば、それは最低賃金法違反です。
固定残業代の金額が大きい給与体系を採用している会社ほど、この点を見落としがちですので、一度給与計算の方法を見直してみると良いでしょう。
具体例で確認する
たとえば、基本給が15万円、固定残業代(30時間相当分)が5万円、合計20万円という給与体系の会社があったとします。この場合、最低賃金の判定に使えるのは基本給の15万円のみです。所定労働時間で割った金額が地域の最低賃金(時間額)を下回っていれば、たとえ合計20万円が見た目上高くても、最低賃金法違反となります。
助成金が不支給になる!?
求人を行う際、多くの中小企業では最低賃金に合わせて給与の設定を行います。経営資源が限られているので、こればかりは仕方がないのですが、最低賃金の算定対象に固定残業代を誤って含めてしまっていると、実際には最低賃金を割っていたということが起こり得ます。
例えば、新人に対してよく使う助成金に「キャリアアップ助成金」がありますが、もし最低賃金を割っていたら当然不支給となります。
途中まで会社でやって、社労士に申請を投げたところ、
「これ、最低賃金割ってるので申請できないです……」
というケースはいくつも見てきました。
たまに賃金台帳を書き換える方もいますが……。リスクが高すぎます。最初から正しく計算して運用しましょう。特に助成金の申請時には過去の賃金台帳を遡って確認されることも多いため、日頃から所定内給与ベースでの最低賃金チェックを習慣にしておくことが、後々のトラブル回避につながります。
前編のまとめ
今回のポイントを整理します。
- 賃金は「所定内給与」と「所定外給与」に分かれる
- 最低賃金は、原則として所定内給与で判定する
- ただし、精皆勤手当・通勤手当・家族手当は、所定内給与の中でも最低賃金の判定からは除外される
- それ以外の諸手当は所定内給与に含まれるため、理屈上は基本給0円でも諸手当だけで最低賃金をクリアできる
- 固定残業代は所定外給与であり、最低賃金の判定に含めてはいけない
- 最低賃金割れは、助成金の不支給や社会保険労務士による申請差し戻しにもつながる
後編では、残業代を計算する際に使う「割増賃金の基礎となる賃金」という、また少し違ったルールについて解説していきます。ここでは、除外される手当の範囲が前編とは異なってくるため、あわせて理解しておくことで、給与計算のミスをぐっと減らすことができます。
次回もぜひご覧ください。