
「若手を指導したいけれど、パワハラだと言われるのが怖い」——中小企業の経営者・管理職から、こうした相談を受ける機会が増えました。ここ数年でハラスメントへの社会的な目は確実に厳しくなり、労働環境の改善という点では歓迎すべき変化です。しかし一方で、企業側が過度に萎縮し、「若手が育たない」という新たな問題も生まれています。パワハラには、実は明確な定義があります。それを知らないまま「なんとなく怖いもの」として避けていると、必要な指導までできなくなり、結果的に組織の成長を止めてしまいます。本記事では、パワハラの相談件数のデータを冷静に読み解きながら、厚生労働省が定める3つの定義と、「指導」との境界線をわかりやすく解説します。
この記事でわかること
- パワハラの相談件数が増加している本当の背景と、数字の正しい読み方
- 厚生労働省が定めるパワハラの3つの定義
- 「指導」と「パワハラ」を分ける具体的な境界線
- 「パワハラになるかもしれない」を管理者が言い訳にしてしまう構造
- 明日から実践できる、指導とパワハラを混同しないための考え方
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みなさんこんにちは。中小企業診断士の春原です。
今回のテーマは「パワハラ」についてです。
ここ数年、ハラスメントに対する社会的な目はかなり厳しくなりました。労働環境をより良いものにしようという動きは、本来とても素晴らしいことです。しかし、その反動として企業側が過度に萎縮し、「若手の育成ができない」という別の問題が生まれているのも事実です。
現場でさまざまな企業の経営者・管理職の方とお話ししていると、「指導したいけれど、パワハラだと言われるのが怖くて何も言えない」という声を本当によく耳にします。この記事では、「パワハラをしっかりと理解する」ことを目標に、データと定義の両面から解説していきます。
パワハラの相談件数は増えているが・・・
以下は、『令和7年度雇用環境・均等部(室)における雇用均等関係法令の施行状況について』にあるパワハラの相談件数の推移です。

これを見ると、パワハラの相談件数は毎年増加しており、令和5年度から令和7年度までで約29%増加しています。この数字だけを見ると、「パワハラがそれだけ増えている」と結論づけてしまいそうになります。しかし、経営者・管理職の立場としては、ここで一度冷静に考える必要があります。
増えたのは「相談件数」であって「認定件数」ではない
そもそも今回の集計は、あくまで「相談件数」です。実際にパワハラだったかどうかの「認定件数」ではありません。
本来であれば、相談件数のうち、実際にパワハラと認定されて指導が入った件数がわかれば、実態がより正確に把握できます。しかし、そのような統計は公表されていません。つまり、相談件数が増えたからといって、それが「実際にパワハラだった件数」の増加を意味するわけではないのです。
相談できる裾野が広がったこと自体は良いこと
相談件数が増えた要因のひとつは、パワハラに対する社会的な意識が高まり、相談のハードルが下がったことです。これ自体は、非常に良い変化だといえます。これまで劣悪な労働環境の中で心身をすり減らしながら働いていた方が、声を上げやすくなったからです。
一方で、「これは本当にパワハラなのだろうか」という相談も、同時に増えていると推測されます。業務上当然の指摘を受けただけで、「これはパワハラだ」と主張するようなケースも、残念ながら存在します。
つまり、相談件数の増加は「パワハラが蔓延している証拠」ではなく、「パワハラという言葉と相談窓口が社会に浸透した結果」と捉えるほうが実態に近いのです。
問題なのは「指導できない管理者」
このような状況の中で、私が中小企業の現場で強く感じる問題があります。それは「指導できない管理者」の増加です。
若手・新入社員の教育や育成は、中小企業にとって極めて重要な経営課題です。しかし「パワハラになるかもしれない」という不安から、「教育できない」「指導の仕方がわからない」という管理者が増えています。本来、部下を導く立場にある人が、部下に遠慮して何も指摘できない——これは本末転倒な事態です。
こうした状況を防ぐためにまず必要なのは、「パワハラとは何か」を正確に知ることです。漠然とした恐怖ではなく、明確な基準を持つことで、必要な指導は自信を持って行えるようになります。
パワハラには3つの定義がある
厚生労働省は、職場におけるパワーハラスメントを、次の3つの要素をすべて満たすものと定義しています。逆に言えば、このうちどれか一つでも欠ければ、法律上のパワハラには該当しません。

①優越的な関係を背景とした言動であること
上司から部下への言動が代表例ですが、それだけではありません。専門知識や経験を背景に、同僚間や部下から上司に対して行われる「抵抗・拒絶が困難な関係を背景にした言動」も含まれます。つまり、役職の上下だけで判断されるものではないという点に注意が必要です。
②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
業務上まったく必要のない言動や、目的に対して明らかに行きすぎた指導方法がこれにあたります。裏を返せば、業務上の必要性があり、社会通念上相当な範囲内で行われる指導は、この要素を満たしません。
③労働者の就業環境が害されること
言動によって、労働者が身体的・精神的に苦痛を受け、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、就業する上で見過ごせない支障が生じている状態を指します。
この3つすべてを満たして、はじめてパワハラに該当します。 よくある勘違いとして、「相手の受け取り方次第でパワハラになる」といったことを聞きますが、これは大きな間違いです。これは「③労働者の就業環境が害されること」にある「精神的苦痛」をピンポイントに抜粋しただけに過ぎず、他の2つが全く考慮されていません。
「指導」と「パワハラ」を分ける一つの視点
多くの経営者・管理職が知りたいのは、「では、指導とパワハラはどう違うのか」という点だと思います。
ポイントはシンプルで、「業務上の必要性があるか」「相手の人格を否定していないか」の2点に集約されます。
- 部下のミスに対して、事実に基づき、改善方法を一緒に考える → 指導
- ミスをした部下の人格や能力そのものを否定する、感情的に怒鳴る → パワハラの可能性
言い換えると、指導の目的は「相手の成長」にあり、パワハラは「行為者の感情のはけ口」になっている、という違いがあります。この軸を持っておくだけで、日々の指導に対する不要な恐怖心はかなり軽減されるはずです。
普段の信頼関係も重要
同じ厳しい指摘であっても、「この人についていきたい」「こんな人になりたい」と思える上司から言われた言葉と、普段まったく関わりのない上司から言われた言葉とでは、部下の受け取り方はまったく異なります。日頃から信頼を積み重ねている相手であれば、多少厳しい指導を受けたとしても、それを「パワハラだ」と感じることは少ないはずです。
指導もパワハラも、結局は人間同士のコミュニケーションの中で生まれるものです。制度や定義を理解することはもちろん重要ですが、それ以上に、普段からどれだけ部下と向き合い、信頼関係を築けているか。この土台があるかどうかで、同じ言葉の重みも、受け取られ方も大きく変わってくるということを、管理者として強く意識しておくべきだと私は考えています。
「パワハラになるかもしれない」を、指導力不足の言い訳にしていないか
ここまで見てきたように、パワハラには明確な定義があり、業務上必要な範囲での指導は、本来パワハラには該当しません。
にもかかわらず、「パワハラになるかもしれないから」という理由で指導そのものを放棄してしまう管理者が、中小企業の現場には少なくありません。私はこれを、「指導力不足を隠すための便利な言い訳」になっているケースがあると感じています。
厳しく伝えるべき場面で、伝え方を工夫する努力をせずに「言わない」という選択をしてしまう。これは、部下の成長機会を奪っているだけでなく、管理者自身の評価にも本来は跳ね返ってくる問題です。「パワハラが怖いから指導しない」のではなく、「パワハラにならない指導方法を身につける」ことこそが、これからの管理者に求められる姿勢だと私は考えています。
実は、私自身もこの問題に直面したことがあります
ここまで偉そうに話をしてきましたが、実は私も「パワハラだ!」と名指しで指摘されたことがあります。これは中々に壮絶な話でしたので、別記事として作成しました。ぜひ、ご覧になってください。
まとめ|正しく理解すれば、指導は怖くない
パワハラの相談件数が増加しているという事実だけを見ると、不安になる経営者・管理職の方も多いと思います。しかし、その中身を冷静に見れば、「相談件数」と「認定件数」は別物であり、相談できる環境が整ってきたこと自体はポジティブな変化です。
そして何より重要なのは、パワハラには明確な3つの定義があるということです。この基準を正しく理解していれば、必要な指導を過度に恐れる必要はありません。「パワハラになるかもしれない」を言い訳にせず、正しい知識を武器に、自信を持って部下と向き合っていただければと思います。