
「すのはら」と読む珍しい苗字を持つ、中小企業診断士・春原功貴の自己紹介です。勉強嫌いだった少年時代、崖っぷちの浪人生活、そして一度は診断士試験に挫折し腐りかけた大学生時代。そんな回り道の先で出会った実務経験から、経営の面白さと診断士という仕事への想いに目覚めるまでの軌跡を綴りました。
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みなさんこんにちは!
中小企業診断士の春原 功貴(すのはら こうき)と申します。
「春原」と書いて「すのはら」と読む、結構珍しい苗字の持ち主で、これまで一発で読めた人はいません!
大体みなさん、「はるはら」と読みますね。
あだ名も「はるちゃん」や「はるお」など、もはや原型が無くなっているようなものも多いです…笑
ということで、記念すべき最初の投稿は、わたくし春原の自己紹介をします!
なぜ中小企業診断士を目指したのか
いきなりですが、僕が中小企業診断士を目指した理由からお話しします。
きっかけは、「勉強が苦手」というコンプレックスを解消したかったからです。
これから経歴として詳しくお話ししますが、僕は昔から根っからの勉強嫌いで、ずっとそのことにコンプレックスを抱えてきました。そんな自分を変えたくて、あえて難関資格である中小企業診断士に挑戦することにしたのです。
ただ、話はそう単純には進みませんでした。
勉強を進める中で、1年ほど腐りかけていた時期があります。思うように結果が出ず、正直「もう無理かもしれない」と道半ばで諦めかけていました。
そんなときに出会ったのが、すでに中小企業診断士として活動されていた方でした。その方のご縁で、資格を取得する前に、実務を先行して経験させてもらう機会をいただいたのです。
現場は、飲食製造業を営む、従業員50人規模の中小企業ど真ん中の会社でした。僕のミッションは、管理部の再構築。経理・財務会計、人事・労務といったバックオフィス業務を一手に引き受けることになりました。
正直なところ、普通ではまず起こらないようなトラブルが日々発生するような現場で、普通に生きていたら絶対に経験できないようなことを、数え切れないほど経験させてもらいました。このプロジェクトを通じて、経営の全体像や考え方を、身をもって知ることができたのです。
この経験が、僕にとって大きな転機になりました。
「経営」というものの奥深さを知ったこと。自分にできることが少しずつ増えていく面白さ。そして何より、自分の関わりによって、目の前の会社が実際に良い方向へ変わっていく実感。
最初は「コンプレックスを解消したい」という、ある意味自分のための動機で始めた挑戦でした。しかし、この実務経験を通じて、「この仕事そのものが面白い」「この仕事を通じて誰かの役に立てる」という、まったく違う動機に変わっていったのです。
そうして僕は、「中小企業診断士になりたい」と、改めて強く思うようになりました。
ここからは、そんな僕がどんな人間なのか、少し長くなりますが、これまでの経歴を振り返りながらお話しさせてください。
これまでの経歴
①幼少期~高校生まで
幼少期から目立ちたがり屋で、変わったことが好きな性格でした。
学校の授業でも、とりあえず発言をしたくて、しょっちゅう手を挙げていた記憶があります。
では、勉強は得意だったかというと、大の苦手でした。
原因は、僕の兄が超がつくレベルに優秀だったせいだと思っています(笑)
「兄貴が頭いいんだから、俺の頭が悪いはずなくね?」
と謎の自信があったため、全く勉強せずいつも成績は中の下でした。
完全に自業自得な気がしますが、勉強のモチベーションは明らかに低かったですね…。
大学受験では、どこか引っかかるだろう~と適当に勉強していたところ、当然どこにも引っかからず、受験した大学すべて落ちました。
親からは完全に諦められており、当然浪人も許される状態ではありませんでした。
しかし、そんな状況で、急に浪人の許可が下りました。
どうやら、兄から
「こいつは今まで勉強に本気で向き合ったことがない。最後にチャンスを与えてあげて欲しい」
と申出があったとのことでした。
僕より圧倒的優秀かつ僕の怠惰さを一番近くで見ていた兄からこんなことを言われてしまえば、本気にもなります。
心機一転、勉強にすべてを捧げることにしました。
余談ですが、浪人に失敗したら相撲部屋行きだったそうです(兄が相撲好きだから)。
②浪人生
始まった浪人生活はそれはそれは大変でした。
予備校入学時に受けた模試の偏差値は35以下。しかも現役時の時に勉強した3科目だけで。
にもかかわらず、なぜか「俺は国立に行く!」と宣言し、3科目ですらままならないのに、5教科8科目(当時)と倍以上科目を増やして勉強することになりました。
予備校は浪人生20人くらいのクラスでしたが、成績は圧倒的最下位。校舎長の方針が「勉強できないやつに人権はない」という感じだったので、かなり痺れた記憶があります。
ちなみに、このイケイケな校舎長は僕の人生を変えてくれた一人です。
とても面倒見がよく、頭もキレる人で、映像授業がメインのその予備校で、勉強以外にも様々なことを教えてくれました。
こういった環境の中で鍛えられたこともあり、冬になるころには5教科8科目で偏差値60程度まで引きあがりました。
ただし、やはり大学受験はそう甘くありませんでした。高校生活3年間、中には小学生のときから大学受験を意識して勉強している人もいるわけですから、いくら成績を伸ばしたといえ、たった1年の勉強では穴があります。
あと一歩というところで、第一志望の大学には合格できず、滑り止めで受かった都内にある私立大学に通うことになりました。
第一志望には届かなかったものの、小学生から高校生まで勉強から逃げてきた僕が、たった1年の勉強でこの大学に入れたのは奇跡に近い状況です。現役の時では絶対に届かなかった大学に入れたのですから、浪人は大成功といえるでしょう。
③大学生
しかし、相当な悔しさがあったのも事実です。全力を尽くしてなお目標が達成できず、道半ばで終わってしまった虚しさは自分の無力さを強く感じさせました。
それに加え、優秀な兄との比較もかなり辛いものがありました。
実家が田舎なこともあり、親戚一同学歴大好きみたいな雰囲気があります。祖父のお葬式に行った際、顔も知らない親戚が集まるのですが、大体「今何してるんだい?」から始まり、「大学生です」というと「どこの大学に行ってるの?」となります。
最初に兄が答えると
「おおお~~~!!」 「すごいねえ!」
などと盛り上がるわけですが、次に僕が答えると
「・・・無言」
という気まずい雰囲気になります。
挙句の果てには、「しっかり勉強しろよ~笑」とか言う輩までいまして、かなり堪えました。
こんなこともあり、私は大学生としては珍しく、勉強に打ち込む日々が始まりました。
ここで出会ったのが、「中小企業診断士試験」です。
④停滞期〜再起のきっかけ
一念発起して勉強を始め、一次試験には無事合格しました。しかし、その先に立ちはだかったのが二次試験の壁でした。
手の打ちようがないまま時間だけが過ぎていき、気づけば大学4年生になっていました。それでも、なぜか「他人と自分は違う」という謎のプライドは健在で、周りが当たり前のように行っていた就職活動を、僕は一切やりませんでした。
結果として、大学時代にアルバイトをしていた体操教室で、卒業後もそのまま働き続けることになります。
プライドだけは人一倍高いのに、実態がまったく追いついていない。当時の僕は、間違いなくそんな状態でした。今振り返れば、どこか腐りかけていた時期だったと思います。
そんな折、たまたま勤めていた体操教室の会社が助成金を取得することになり、その関係で一人の中小企業診断士の方と出会う機会に恵まれました。
その方と話す中で意気投合し、「もう一度、中小企業診断士を目指したい」と、改めて強く思うようになったのです。
ここから先は、冒頭でお話しした「実務先行で経験を積み、経営の面白さに出会った」というエピソードにつながっていきます。
⑤現在
現在進行形で、多くの企業の様々な業務改善に携わっています。ご依頼があればひとまず「できます!やらせてください!」と言っていたら、気づいたらバックオフィスからIT、営業まで、幅広く対応できるようになっていました。自分のスキルアップによって、お客様の会社がどんどん良い方向に向かっていくのは、感慨深いものがあります。
しかし、まだまだ身に着けるべきことは山ほどあります。今後も成長の歩みを止めないよう、精進していきたいと思います!!
おわりに
勉強が苦手だった僕が、コンプレックスをバネに難関資格に挑戦し、一度は折れかけながらも、実務の現場で「経営の面白さ」に出会って、改めて診断士を目指す。振り返ってみると、なかなか回り道の多い道のりでした。
でも、この回り道があったからこそ、今、経営者のみなさんの力になりたいと、心から思えています。
次回以降も、僕の経験や中小企業診断士としての視点から、経営者やビジネスパーソンの皆さんに役立つ情報を発信していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。