
「マーケティングは電車の中で!」シリーズ第1回では、総武線に掲出されていた大手総合電機メーカー・シャープ株式会社のつり革広告を題材に、実際に「疑問→仮説→意図の推測」というプロセスを一緒にたどっていきます。商品説明がなく、コピーは長文、しかも抽象的——一見すると広告のセオリーから外れたこの広告には、いったいどんな狙いが隠れているのでしょうか。中小企業診断士の視点から、広告を分解して読み解くプロセスを、実際の事例をもとに解説します。
この記事でわかること
- 広告を分析する際に、まず「違和感」を疑問として言語化することの重要性
- 一見セオリーに反する広告表現から、逆に狙いを読み解く仮説思考の実例
- 「誰に」「何を」「どうやって」という3つの軸で仮説を整理する方法
- 自社の広告・チラシ・ホームページ制作にこの考え方を応用するヒント
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今回は「マーケティングは電車の中で!」の記念すべき第一弾です!
さっそく、今回題材にする広告をみてみましょう!今回題材にするのは、あの大手総合電機メーカー「シャープ株式会社」の広告です。

これは千葉から東京、神奈川までをつなぐ関東屈指の巨大路線、総武線に掲載されていました。通勤・帰宅ラッシュ時は乗車率150%を超える激込み路線です。そんな路線にある広告なので、多くの人が見るわけですが、みなさんはこの広告の狙い、わかりましたか?
まずは、疑問に思ったことを挙げてみる
まずは仮説を立てていきたいのですが、前回お話した通り、「仮説を立てる」というのは意外と難しいものです。何から手をつければいいかわかりませんからね。そんなときは、シンプルに疑問に思ったことを挙げていくのがおすすめです。
疑問というのは、もっと言うと「違和感」です。「なんか、変だな」「なんかおかしいな」——こういった違和感こそが、仮説の材料になります。ここでは、まだ仮説には踏み込まず、私が感じた違和感を、そのまま3つ並べてみます。
①商品の説明がない
まず最初に引っかかったのが、「商品説明が一切ない」ことです。普通、広告というのは「こんな商品があります」「こんな機能で便利になります」というアピールが目的のはずです。しかし、この広告には、テレビなのか、冷蔵庫なのか、空気清浄機なのか、具体的な商品の話が一切出てきません。
②コピー(文言)が長い
広告の大原則の一つに「認知コストを低くする」というものがあります。認知コストとは、人がそれを見て理解し、判断するまでにかかるエネルギーの大きさのこと。電車のつり革広告は、一瞬で通り過ぎていくものだからこそ、「パッと見て内容がわかること」が重要なはずです。にもかかわらず、この広告のコピーは、これでもかというほど長く、しかも詩のような文体で綴られています。
③全体的にわかりづらい
そして3つ目が、「結局、何が言いたいのかがすぐにはわからない」ということです。「半歩先」という言葉も、「小さな声がちゃんと聞こえる距離」という表現も、雰囲気は伝わってきますが、具体的に何をしてくれる会社なのか、何が便利になるのかは、一読しただけではピンときません。先ほどの通り、広告はわかりやすさ重視のはず。このような抽象的な文章も認知コストが高いため、一般的にいえば「読む気にならない」のです。
仮説を立てる
さて、上記3つの違和感を踏まえて、仮説を立ててみましょう。この広告が誰に向けてなのか、どんなことを伝えたいのか、そしてどのように伝えているのか、考えていきたいと思います。
仮説1:あえて長文にして差別化
多くのつり革広告は、認知コストが低いものが多いです。「転職なら○○」のようなキャッチフレーズは一発で意味が分かります。しかし、こんなつり革広告は周囲に大量にあります。そのため、レイアウトや有名芸能人を使った写真などのインパクト勝負になりがちです。
そんな中で、「長文」で書かれた広告はどうでしょうか。レイアウトもシンプルで、明らかに異質です。つまり、他の広告よりも目立つ存在になっているといえます。
ただし、先ほどの話、長文は認知コストが高く、一般的には広告に向きません。つまり、「長文でも読んでもらえる」という算段があったからこそ、このような長文を掲載していると考えられます。
仮説2:満員電車は意外と読まれる
普通、電車に乗るときは99%の人がスマホを見ているか寝ています。電車内でふと周りを見てみると、ぼーっとしてる人は基本いません。そんな中では、当然広告に目がいきません。
しかし、満員電車となると話は別です。すし詰め状態の満員電車、特に入口付近は人と人の間隔はゼロ。つまり、スマホを見ることなんてできないのです。現代人は暇さえあればスマホを見ますが、スマホを見なくなったら何か暇つぶしをしようとします。その暇つぶしの先が「長文」です。
つまり、長文での広告はこういった状況をあえて想定して作られたのではないかと考えられます。
仮説3:商品での差別化が難しい
家電製品は今や各社ブランドの性能が均一化しており、差別化が難しいコモディティ商品となっています。個人的な感覚ですが、「この家電ならこのメーカー!」というのはあまりなく、求めるのは「安くてすぐ壊れなければいいかな」くらいなものです。
そんな中で重要なのは「会社のブランドイメージ」です。この広告が狙っているのはおそらく即座の購買行動ではなく、「SHARPという会社に対する、じんわりとした好印象」です。だとすれば、パッと理解させる必要はなく、むしろ立ち止まってじっくり読んでもらい、余韻を残すことの方が効果的です。
全体的にわかりづらいのも、同じ理由で説明がつきます。具体的な機能や便利さを訴えるのではなく、「ふつうの日常に寄り添う存在でありたい」という、会社としての姿勢や価値観そのものを伝えようとしているからこそ、あえて抽象的で、詩のような表現が選ばれていると考えられます。
仮説4:ターゲットは「日々に疲れたサラリーマン」
コピーの中身にもう一度目を向けてみましょう。「特別な一日ではない。」「ふつうの一日こそが、その人の人生になる。」「名もなき日々の中にこそ、夢や希望がたくさん詰まっている。」——これらは、華やかな成功体験ではなく、「代わり映えのしない毎日」そのものを肯定するメッセージです。
こうした言葉が一番刺さるのは、同じ満員電車に揺られ、なんでもない毎日を送りながらも、その中でなんとか頑張っている、まさに「日々に疲れたサラリーマン」ではないでしょうか。「これでいいのかな」とふと感じる瞬間に、「特別じゃなくていい」と語りかけられたら、思わず立ち止まって読んでしまいそうです。
そう考えると、仮説2で触れた「満員電車で長文を読んでしまう状況」も、まさにこのサラリーマンが置かれた状況そのもの。仮説1(表現方法)、仮説2(掲載環境)、仮説4(読み手の心理)は、異なる角度から同じ一つの狙いを支えている、という関係になっているようです。
意図をまとめる
ここまで4つの仮説を見てきました。バラバラに見えるこれらの仮説ですが、「誰に」「何を」「どうやって伝えたいか」という3つの軸に整理すると、一つの意図として見えてきます。
誰に伝えたいか
仮説4(ターゲットは日々に疲れたサラリーマン)はターゲットに関する仮説です。
満員電車に揺られ、代わり映えのしない毎日を送りながら、それでもなんとか頑張っている人。「これでいいのかな」とふと感じる瞬間がある人。この広告は、そうした心境の人に語りかけていると考えられます。
何を伝えたいか
仮説3(商品での差別化が難しい)は何を伝えたいかに関する仮説です。
家電がコモディティ化する中で伝えるべきは、個別の商品スペックではなく「会社そのものへの、じんわりとした好印象」。そして、その好印象を届けたい相手は、まさに先ほどの「日々に疲れたサラリーマン」です。だからこそ、機能や便利さではなく、「特別じゃない毎日こそが人生である」という、日常への肯定を伝えている、と考えられます。
どうやって伝えたいか
仮説1(あえて長文にして差別化)と仮説2(満員電車は意外と読まれる)は、どちらも「伝え方」に関する仮説です。
周囲の広告がキャッチコピーやビジュアルでインパクト勝負をする中、あえて長文・シンプルなレイアウトを選ぶことで、逆に目立つ存在になる。そして、満員電車でスマホを見られない状況だからこそ、その長文がじっくり読まれる。つまりこの広告は、「短く・パッと伝える」という一般的な広告のセオリーをあえて外し、「長く・じっくり伝える」という方法を選んでいると考えられます。
まとめると
- 誰に=満員電車で日々に疲れているサラリーマン
- 何を=商品の便利さではなく、日常への肯定と、SHARPというブランドへの好印象
- どうやって=短さが当たり前の広告の中で、あえて長文で、スマホが見られない環境を逆手に取りながら伝える
この3つが組み合わさることで、「満員電車という環境を逆手に取り、日々に疲れたサラリーマンの心に、日常を肯定する言葉でSHARPというブランドへの好印象を残す」という、一つの意図が推測できます。
自社に応用するには:「誰に・何を・どう伝えるか」は特別な理論ではない
ここで少し補足しておきます。今回使った「誰に」「何を」「どうやって」という整理の仕方は、実はマーケティングの世界では古くから使われている基本の型で、STP分析やマーケティング戦略の立案でも軸になる考え方です。決して特別な理論ではなく、多くのマーケティング解説でも中心に据えられている、いわば「型」です。
大切なのは、この型を知識として知っていることではなく、実際の広告を題材に、疑問→仮説→意図というプロセスを自分の頭で何度も繰り返し、感覚として身につけることです。今回のSHARPの広告のように、一見セオリーに反した表現ほど、「なぜこの選択をしたのか」を考える良い練習になります。
自社の広告やチラシ、ホームページの文章を作るときにも、次の3つを一度立ち止まって整理してみてください。
- これは誰に向けたものか(年齢、立場、悩みや状況)
- その人に何を伝えたいのか(機能なのか、安心感なのか、ブランドイメージなのか)
- それをどう伝えれば、一番届くか(媒体の特性、接触するタイミング、表現のトーン)
今回のSHARPさんの広告のように、ターゲットの状況や心理まで踏み込んで考えられると、単に「良い言葉を並べる」だけの広告から一歩抜け出すことができるはずです。
よくある質問
Q. 今回の仮説は、実際にシャープの広告担当者の意図と一致しているのでしょうか?
一致しているかどうかは公表されていないため、あくまで推測です。大切なのは「答えが当たっているかどうか」ではなく、「誰に」「何を」「どうやって」という3つの視点で広告を分解し、疑問から仮説を組み立てていく、その考え方のプロセスそのものです。
Q. 自社の広告にも、あえてセオリーを外す表現は有効ですか?
有効な場合もありますが、まず自社の商品やサービスが置かれた状況(差別化しやすいか、コモディティ化しているか)や、ターゲットが広告に接する状況(じっくり読める環境か、一瞬で通り過ぎる環境か)を整理したうえで判断することをおすすめします。今回の広告も、「満員電車でスマホが見られない」という特殊な環境があったからこそ、長文という選択が機能していると考えられます。
おわりに
ということで、「マーケティングは電車の中で!」の第1弾でした!
普段目にする広告も、このような分析をしてみることで、見え方が変わってくるかなと思います。
当然、今回の分析はすべて推測ではありますが、大切なのは「答えが当たっているかどうか」ではありません。「誰に」「何を」「どうやって」という3つの視点で広告を分解し、疑問から仮説を組み立てていく、その考え方のプロセスそのものが重要です。
このプロセスは、そのまま明日からのビジネスにも使えます。例えば、自社の広告やチラシ、ホームページの文章を作るときに、「これは誰に向けたものか」「その人に何を伝えたいのか」「それをどう伝えれば、一番届くか」という3つを、一度立ち止まって整理してみてください。今回のSHARPさんの広告のように、ターゲットの状況や心理まで踏み込んで考えられると、単に「良い言葉を並べる」だけの広告から一歩抜け出すことができるはずです。
次回も、別のつり革広告を題材に、一緒に疑問を集めて、仮説を立てていきます。ぜひ、今回のシリーズを読みながら、ご自身の仕事に置き換えて考えてみてください。それではお楽しみに!